家族信託は、認知症などによって判断能力が低下した場合に備え、不動産や預貯金などの財産を家族が管理できるようにする制度です。
特に、賃貸アパートや賃貸マンションなどを所有している方にとっては、将来の財産管理や相続対策を考えるうえで、有効な選択肢となることがあります。
しかし、家族信託を利用する場合には、事前に知っておかなければならない税務上の注意点があります。
その一つが、信託した不動産から生じた赤字について、ほかの所得との損益通算が制限される場合があるということです。
家族信託を利用すれば、財産管理の問題がすべて解決するわけではありません。契約内容によっては、税務上の不利益が生じる可能性もあります。
今回は、家族信託と損益通算の関係について、具体例を交えながら解説します。
1.損益通算とは何か?
まず、損益通算について説明します。
損益通算とは、一定の所得について生じた赤字を、ほかの所得の黒字から差し引くことができる制度です。
例えば、会社員として働いている方が、賃貸アパートを所有しているケースを考えてみましょう。
会社員として給与所得を得ている一方、賃貸アパートの修繕費などの経費がかさみ、不動産所得が赤字になったとします。
不動産所得の赤字について損益通算が認められる場合には、給与所得などのほかの所得と一定の範囲で相殺することができます。
これにより、課税対象となる所得金額が減少し、所得税や住民税の負担が軽くなる可能性があります。
ただし、不動産所得の赤字であれば、どのような場合でも損益通算できるというわけではありません。
別荘などの貸付けに関する損失や、土地を取得するための借入金の利子に相当する部分など、損益通算の対象にならないものもあります。
このように、損益通算には一定のルールがあります。
2.家族信託を利用すると損益通算が制限されることがある
では、賃貸アパートなどを家族信託した場合はどうなるのでしょうか。
ここが今回の重要なポイントです。
所得税法では、原則として、信託財産から生じる収益や費用は受益者に帰属するものとして取り扱われます。
例えば、父親が所有する賃貸アパートを家族信託し、父親自身が引き続き受益者となる場合には、信託したからといって、家賃収入が自動的に子どもの所得になるわけではありません。
一方で、信託から生じる不動産所得の赤字については、租税特別措置法による損益通算の制限に注意する必要があります。
一定の信託では、その信託から生じた不動産所得の損失がなかったものとみなされ、ほかの所得との損益通算が認められません。
また、ほかの不動産から生じる黒字の不動産所得との通算もできない場合があります。
つまり、通常の不動産賃貸経営では損益通算できる可能性がある赤字でも、家族信託を利用した場合には、その取扱いが異なることがあるのです。
なお、実際に制限が適用されるかどうかは、受益者の状況や信託の内容などによって判断する必要があります。
3.具体例で考える家族信託と損益通算
具体例を見てみましょう。
父親が賃貸アパートを所有しており、会社員として働いている長男がいるとします。
父親は将来の認知症に備え、賃貸アパートを長男に信託し、父親自身が受益者となる家族信託を検討しています。
この賃貸アパートでは、大規模修繕などによって不動産所得が赤字になる可能性があります。
家族信託を利用する前後で、損益通算の取扱いを確認しておくことが重要です。
例えば、次のような状況を想定します。
- 給与所得など、ほかの所得がある
- 賃貸アパートの収支が赤字になる
- 家族信託を利用してアパートを管理する
この場合、信託した不動産から生じる赤字について、通常の不動産所得と同じようにほかの所得から差し引けるとは限りません。
信託に関する損益通算の制限が適用される場合には、その赤字を給与所得などから差し引くことができなくなります。
さらに、通常の不動産所得であれば、一定の要件を満たすことで損失を翌年以降に繰り越せる場合がありますが、信託に関する上記の制限によって損失がなかったものとみなされる場合には、その損失を繰り越すこともできません。
ただし、家族信託を利用すると必ず税金が高くなる、という意味ではありません。
家族信託には、認知症などによる財産管理上の問題に備えられるというメリットがあります。
税務上の影響だけでなく、財産管理の必要性や将来の希望を含めて判断することが大切です。
4.なぜ家族信託では損益通算に注意が必要なのか?
家族信託は、主に財産管理や財産承継のために利用する制度です。
賃貸不動産を信託することで、契約内容に従い、受託者が不動産の管理や修繕、売却などを行える仕組みを整えることができます。
例えば、父親が認知症になった後も、賃貸アパートの修繕や売却などに対応できるよう、あらかじめ家族信託を設定しておくことが考えられます。
一方、税務上は、信託財産から生じる所得や損失について、通常の不動産所有とは異なる取扱いが定められている場合があります。
そのため、家族信託を検討するときには、財産管理のメリットだけでなく、税務上の影響も確認しておく必要があります。
特に、次のような方は注意が必要です。
- 賃貸アパートや賃貸マンションを複数所有している方
- 大規模修繕を予定している方
- 不動産所得の赤字が発生する可能性がある方
- 不動産を取得するための借入金が残っている方
- 家族信託を利用しながら、ほかの不動産の収支も管理している方
このような場合には、信託する前に、将来の収支や税務上の取扱いを確認しておくことをおすすめします。
5.家族信託を利用する前に確認しておきたいこと
家族信託を検討する際には、損益通算だけでなく、いくつかの点を総合的に検討する必要があります。
① 何のために家族信託を利用するのか
まず、家族信託を利用する目的を明確にしましょう。
認知症になった後も賃貸不動産を管理できるようにしたいのか、自宅を売却できるようにしたいのか、それとも将来の財産承継に備えたいのか。
目的によって、適切な対策は異なります。
② 信託する財産をどうするのか
所有する財産をすべて信託する必要があるとは限りません。
財産の種類や収支、借入金の状況などを確認し、どの財産を信託するのが適切なのかを検討しましょう。
③ 税務上の影響を確認する
不動産所得の損益通算だけでなく、信託設定時や終了時の課税関係、将来の相続税などについても確認しておくことが重要です。
家族信託は、契約を作成すれば終わりというものではありません。将来の財産管理や承継まで見据えた設計が必要です。
④ 司法書士と税理士などの専門家に相談する
家族信託の契約設計や登記については司法書士に、損益通算や所得税などの税務については税理士に相談するなど、必要に応じて専門家と連携することが望ましいでしょう。
家族信託を利用することによって得られるメリットと、税務上の影響を比較し、ご本人やご家族にとって適切な方法を選択することが大切です。
6.まとめ|家族信託は税金も含めて検討しましょう
家族信託は、認知症などによる財産管理上の問題に備えるための有効な選択肢です。
しかし、賃貸不動産を信託する場合には、不動産所得の赤字について損益通算が制限される場合があることを知っておく必要があります。
特に、複数の賃貸不動産を所有している方や、大規模修繕を予定している方は、家族信託を設定する前に税務上の影響を確認しておくことが重要です。
家族信託は、単に契約を作成すればよいというものではありません。
財産管理の必要性、家族構成、将来の財産承継、そして税務上の影響まで含めて検討することが大切です。
当事務所では、家族信託に関するご相談について、ご本人やご家族の状況に応じた財産管理・承継の方法を検討しています。
「賃貸不動産を家族信託したいが、税金への影響が心配」
「認知症対策として家族信託を検討している」
「家族信託と遺言書のどちらが適しているのかわからない」
このようなお悩みがございましたら、お気軽にご相談ください。
家族信託のメリットだけでなく、デメリットや税務上の注意点も理解したうえで、将来に備えた対策を考えていきましょう。




