最近、中小企業のオーナー経営者の方から、
「自社株を家族信託すると、誰が議決権を持つのでしょうか?」
「息子を受託者にすると、息子が会社を自由に動かせるようになるのでしょうか?」
「社長が元気なうちは、自分が会社のことを決めたいのですが……」
といったご質問をいただくことが増えています。
自社株の家族信託を検討するうえで、**「誰が議決権を行使するのか」**は非常に重要なポイントです。
なぜなら、自社株は単なる財産ではなく、会社の経営に関わる議決権を持っているからです。
今回は、自社株を家族信託した場合の「社長」「委託者」「受託者」「受益者」「後継者」の関係について、できるだけ分かりやすく解説します。
1.そもそも「自社株の家族信託」とは?
例えば、A社という会社があり、社長であるAさんがその株式を100%保有しているとします。
Aさんは70歳。
まだ現役で会社を経営していますが、
「もし自分が認知症になったらどうしよう」
「突然、判断能力が低下したら会社の意思決定はどうなるのだろう」
「将来は長男に会社を継がせたい」
と考えています。
そこで、自社株を信託することを検討します。
例えば、
- 委託者:社長A
- 受託者:長男B
- 受益者:社長A
- 信託財産:Aが保有するA社株式
という仕組みです。
ここで重要なのは、
「株式を託すこと」と「株式から得られる利益を受けること」を分けられる
という点です。
2.自社株を信託すると、原則として議決権を行使するのは受託者
結論からいうと、信託された株式については、受託者が株主として議決権を行使することになります。
ここが、自社株信託を理解するうえで最も重要なポイントです。
例えば、
社長Aが自社株100%を信託し、
長男Bが受託者になった場合、
株式について株主として権利を行使するのは、基本的に受託者である長男Bです。
そのため、
- 取締役の選任
- 取締役の解任
- 定款変更
- 株主総会における議決権行使
など、株主として行う事項については、受託者が関与することになります。
3.では、受託者になった息子が会社を自由に経営できるの?
ここは、経営者の方から非常によく質問されるところです。
結論として、
「受託者になった=会社の経営者になる」ではありません。
ここは、
「株主」と「会社の経営者」を分けて考える必要があります。
例えば、
株主
会社の株式を保有し、株主総会において議決権を行使します。
取締役
会社の業務執行について意思決定を行います。
代表取締役
会社を代表し、業務を執行します。
つまり、
受託者が株主として議決権を行使することと、受託者が会社の代表取締役になることは別の問題です。
そのため、
「息子を受託者にしたら、明日から息子が社長になる」
というわけではありません。
4.「受益者」は議決権を持つ人とは限らない
自社株信託では、もう一つ混乱しやすいのが「受益者」です。
例えば、
- 委託者:社長
- 受託者:長男
- 受益者:社長
という信託を考えてみます。
この場合、社長は受益者です。
しかし、
受益者だから議決権を行使するわけではありません。
受益者は、基本的には信託財産から生じる利益を受ける立場です。
一方、受託者は、信託財産である株式を管理し、信託の目的に従って必要な権利行使を行う立場です。
したがって、
受益者=議決権を行使する人
とは限りません。
5.「社長が元気な間は、自分で会社を決めたい」という場合
ここが、自社株信託の設計で非常に重要です。
例えば社長が、
「まだ70歳で元気です。会社のことは自分で決めたい。でも、認知症になったときのことは心配です。」
と考えているとします。
この場合、
「息子を受託者にして自社株を信託する」
だけでは、社長の希望に十分応えられない可能性があります。
なぜなら、信託された株式について、株主としての権利を誰がどのように行使するのかを具体的に考える必要があるからです。
そこで、
「社長が元気な間は、社長の意思を反映させる」
一方で、
「社長が判断できなくなった場合には、受託者が議決権を行使する」
といった仕組みを、信託契約の内容として検討することになります。
6.重要なのは「誰を受託者にするか」だけではない
自社株信託のご相談を受けると、
「息子を受託者にすればいいですか?」
と聞かれることがあります。
しかし、実際には、
「誰を受託者にするか」だけでは不十分です。
重要なのは、
「受託者にどのような権限を持たせるのか」
ということです。
例えば、
- 株主総会で誰が議決権を行使するのか
- 重要な議案について誰の同意を必要とするのか
- 会社の売却や大きな組織再編についてどうするのか
- 受託者が交代した場合はどうするのか
- 受託者が先に亡くなった場合はどうするのか
- 後継者が事業承継を望まなくなった場合はどうするのか
などを検討する必要があります。
7.自社株信託では「指図権」をどう設計するかも重要
自社株信託では、信託契約の中で、株式の議決権行使について一定の者が受託者に指図する仕組みを検討することがあります。
例えば、
社長が元気な間
社長の意思を反映して議決権を行使する。
↓
社長が判断できなくなった後
受託者である後継者が議決権を行使する。
という考え方です。
ただし、実際の契約では、
「どのような場合に指図できるのか」
「どの事項について指図できるのか」
「指図する人が判断できなくなったらどうするのか」
などを具体的に設計する必要があります。
自社株は会社経営に直結するため、単純なひな形をそのまま使うのではなく、会社ごとに検討することが重要です。
8.自社株信託の目的は「社長の経営権をすぐに奪うこと」ではない
ここは経営者の方にぜひ知っていただきたいところです。
自社株信託を検討すると、
「株を信託したら、もう自分は会社を経営できなくなるのでは?」
と心配される方もいます。
しかし、自社株信託の目的は、必ずしも、
「今すぐ後継者に会社を譲ること」
ではありません。
むしろ、
「社長に万一のことがあった場合に、会社が止まらないようにする」
という目的で利用することがあります。
つまり、
「今は自分が経営する」
「しかし、もし認知症になったら会社の意思決定ができるようにしておく」
という、現在と将来の間をつなぐ仕組みとして考えることができます。
9.「株式の承継」と「会社経営の承継」は別
事業承継を考えるとき、もう一つ重要なのが、
株式を誰に承継させるのか
と、
会社を誰に経営させるのか
は別の問題だということです。
例えば、
- 株式:長男
- 代表取締役:次男
という組み合わせも理論上はあり得ます。
もちろん、実際にこのような設計をする場合には、会社の状況や家族関係を十分に検討する必要があります。
逆に、
「長男に会社を継がせたい」
と思っていても、
長男が株式を持っているだけで会社経営を適切にできるとは限りません。
だからこそ、
「株を誰に持たせるのか」
「誰に経営を任せるのか」
を分けて考えることが重要です。
10.社長が突然亡くなった場合への備えにもなる
自社株対策では、認知症だけでなく、
社長の突然の死亡
についても考えておく必要があります。
社長が自社株を100%保有したまま亡くなれば、その株式は相続の対象になります。
相続人が複数いれば、
「誰が株式を取得するのか」
という問題が生じます。
場合によっては、
「会社を継ぐつもりのない相続人も株主になる」
ということがあります。
そうなると、会社の意思決定に影響が出る可能性があります。
自社株については、
「相続が発生した後に考える」のではなく、元気なうちに株式の管理・承継方法を考えておく
ことが重要です。
11.自社株信託で確認しておきたいポイント
自社株を家族信託する場合には、少なくとも次の点を確認する必要があります。
① 現在の株主構成
社長が何%の株式を持っているのか。
他の株主がいる場合、その株式
② 定款
をどうするのか。
会社の定款にどのような規定があるのか。
特に株式譲渡制限などについて確認します。
③ 受託者
誰に株式を託すのか。
本当に信頼して任せられる人物なのか。
④ 議決権行使
受託者がどのように議決権を行使するのか。
⑤ 社長が判断できなくなった場合
認知症などによって社長が意思決定できなくなった場合に、誰が会社に関する意思決定を支えるのか。
⑥ 受託者が死亡・辞任した場合
次の受託者をどうするのか。
⑦ 最終的な株式の承継先
最終的に誰に株式を取得させたいのか。
⑧ 税務
信託設定や受益者の変更などに伴う税務上の取扱いについても確認する必要があります。
12.自社株信託は「会社を守るための仕組み」
中小企業では、社長個人に会社の重要な権限が集中していることが珍しくありません。
社長が、
- 株式の大部分を保有している
- 代表取締役を務めている
- 重要な取引先との関係を管理している
- 金融機関との交渉を行っている
- 経営上の重要な判断をすべて行っている
というケースです。
このような会社では、
社長が突然動けなくなったときのリスク
を考えておく必要があります。
自社株信託は、そのリスクに備えるための選択肢の一つです。
13.ただし、自社株信託は「万能」ではありません
ここまで読むと、
「では、自社株を信託しておけば安心なのだ」
と思われるかもしれません。
しかし、自社株信託だけですべての事業承継問題が解決するわけではありません。
例えば、
- 代表取締役を誰にするのか
- 後継者を誰にするのか
- 従業員をどうするのか
- 金融機関との関係をどうするのか
- 社長の個人保証をどうするのか
- 会社所有不動産をどうするのか
- 社長個人所有の事業用不動産をどうするのか
- 相続税・贈与税をどうするのか
など、検討すべき問題はたくさんあります。
自社株信託は、
事業承継全体の中の一つの手段
として考えることが大切です。
まとめ|「誰が議決権を持つか」は自社株信託の最重要ポイント
自社株を家族信託する場合、信託された株式については、原則として受託者が株主として議決権を行使することになります。
そのため、
「誰を受託者にするのか」
だけでなく、
「受託者が議決権をどのように行使するのか」
を事前にしっかり検討することが重要です。
そして、
受託者=会社の社長
ではありません。
また、
受益者=議決権を行使する人
でもありません。
「株主として議決権を行使する人」
「会社を経営する人」
「信託財産から経済的利益を受ける人」
を、それぞれ分けて考える必要があります。
自社株信託の目的は、単純に「後継者へ株を渡す」ことではありません。
例えば、
「まだ自分が社長として会社を経営したい。でも、認知症などで判断できなくなったときに会社が止まるのは困る。」
という経営者の希望に対して、
「元気な今」と「もしものとき」をつなぐ仕組み
として検討できる場合があります。
一方で、自社株は会社の経営権に直結するため、通常の不動産や預貯金の家族信託以上に、慎重な設計が必要です。
会社の株主構成や定款、後継者、家族関係、経営状況などを確認し、
「この会社の場合、本当に家族信託が適しているのか」
から検討することが大切です。
「自社株を信託したい」
「社長が認知症になった場合の会社経営が心配」
「後継者は決まっているが、事業承継はまだ先」
「息子に株を渡したいが、今すぐ経営を任せるつもりはない」
という中小企業のオーナー経営者の方は、早めに専門家へご相談ください。
自社株は、会社そのものと言っても過言ではありません。
「自分がいなくなっても会社が続く仕組みを、元気なうちに作っておく。」
それも経営者としての大切な仕事の一つではないでしょうか。




