親が高齢になり、将来の認知症対策として家族信託を利用する方がいらっしゃいます。
家族信託を利用する目的の一つに、親が認知症になった後でも、必要に応じて実家を売却できるようにしておくことがあります。
例えば、父親が自宅を信託財産とし、長男を受託者、父親自身を受益者とする家族信託を設定するケースです。
その後、父親が亡くなり、長男が信託契約に従って自宅を取得した場合、長男は実家を売却することを考えるかもしれません。
ここで気になるのが、税金の問題です。
「相続した空き家を売却すると、3,000万円の特別控除が利用できると聞きました。家族信託を利用していた場合も、同じように控除を受けられるのでしょうか?」
実は、ここには注意が必要です。
家族信託を利用していた場合、受益者が亡くなった後に自宅を取得して売却しても、通常の相続と同じように空き家特例を利用できるとは限りません。
今回は、家族信託と空き家特例の関係について、司法書士の視点から解説します。
1.空き家特例とは?
まず、空き家特例について確認しておきましょう。
空き家特例とは、相続などによって取得した一定の空き家やその敷地を売却した場合に、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度です。
正式には「被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例」といいます。
例えば、父親が亡くなり、長男が父親の自宅と土地を相続したとします。
その後、長男がその不動産を売却し、一定の要件を満たした場合には、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる可能性があります。
この特例は、相続によって空き家となった住宅の売却を促進し、空き家の発生を抑制することなどを目的としています。
ただし、どのような空き家でも対象になるわけではありません。
主な要件として、次のようなものがあります。
- 原則として、昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること
- 区分所有建物登記がされているマンションなどではないこと
- 原則として、亡くなった方が一人で住んでいた家屋であること
- 相続または遺贈によって家屋や敷地を取得した相続人などが売却すること
- 一定の期限内に売却すること
- 売却代金が1億円以下であること
- 相続後、売却まで事業用、貸付用、居住用として使用されていないことなど、所定の要件を満たすこと
なお、一定の耐震基準を満たすことや、家屋を取り壊して敷地を売却することなど、売却方法に応じた要件もあります。
また、令和6年1月1日以後の譲渡で、対象となる家屋や敷地を取得した相続人等が3人以上の場合、控除額の上限は1人当たりではなく、譲渡所得の計算上、最高2,000万円となります。
このように、空き家特例を利用するためには、さまざまな要件を満たす必要があります。
2.家族信託を利用していた場合はどうなる?
では、家族信託を利用していた場合はどうでしょうか。
例えば、次のようなケースを考えてみましょう。
- 父親が自宅と土地を所有している
- 父親が委託者兼受益者となり、長男を受託者として家族信託を設定する
- 父親が亡くなったときに信託を終了させる
- 信託終了後、長男が残余財産の帰属権利者として自宅と土地を取得する
- 長男がその自宅と土地を売却する
この場合、長男は父親の死亡をきっかけに自宅を取得しています。
そのため、通常の相続と同じように空き家特例を利用できるのではないかと考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし、税務上は、単に亡くなった方の財産を取得したというだけでは足りません。
空き家特例は、原則として、相続または遺贈によって対象となる家屋や敷地を取得した相続人などが売却することを要件としています。
家族信託の場合、受益者が亡くなったことによって信託が終了し、受託者などが信託財産を取得することがあります。
しかし、この取得は、通常の相続や遺贈による取得とは法律上の仕組みが異なります。
そのため、信託契約の終了によって自宅を取得した場合、空き家特例の適用は原則として認められません。
国会での政府答弁でも、民事信託の終了による財産の取得は、法令上の相続または遺贈による取得には当たらず、空き家特例の適用を受けられないとの考え方が示されています。
家族信託を利用している場合には、この点を十分に理解しておく必要があります。
3.受益者が亡くなった後、信託を終了させずに受益権を引き継いだ場合は?
それでは、受益者が亡くなったときに信託を終了させず、次の受益者に受益権を引き継がせる場合はどうでしょうか。
例えば、父親が自宅を信託し、父親が亡くなった後は母親が受益者となるように契約を設計していたケースです。
さらに、母親が亡くなった後は、長男が受益権を取得する仕組みを設けていたとします。
このように、受益者を順次交代させる仕組みを利用すれば、信託財産である自宅を引き続き信託の中で管理することができます。
しかし、ここでも注意が必要です。
信託が継続し、長男が取得するのが受益権である場合には、長男が相続によって自宅そのものを取得したわけではありません。
空き家特例は、対象となる家屋や敷地を相続または遺贈によって取得したことが基本的な要件です。
そのため、受益権を取得したというだけで、空き家特例を利用できるとはいえません。
また、後に信託を終了して自宅を取得する場合にも、その取得の仕組みや時期などを確認する必要があります。
信託を終了させる場合でも、信託を継続させる場合でも、家族信託を利用しているからといって、空き家特例が当然に利用できるわけではありません。
信託契約の内容や財産の取得方法を踏まえ、税務上の取り扱いを確認することが重要です。
4.家族信託を設定する前に、空き家特例についても検討しておく
家族信託は、認知症などに備え、財産を適切に管理するための有効な手段です。
例えば、親が認知症になった後も、子どもが信託契約に基づいて自宅を売却できるようにしておけば、施設への入居費用や生活費などを確保しやすくなる場合があります。
しかし、家族信託を設定することによって、税金の面で想定外の影響が生じる可能性もあります。
特に、自宅の売却を予定している場合には、空き家特例の適用が可能かどうかを事前に確認しておくことが重要です。
例えば、次のような点を整理しておくとよいでしょう。
- 自宅を家族信託に入れる必要があるのか
- 将来、自宅を売却する予定があるのか
- 受益者が亡くなった後、信託を終了させるのか、継続させるのか
- 信託終了後、自宅を誰に取得させるのか
- 自宅を売却する際に、どのような税金がかかるのか
- 空き家特例以外の税制上の特例を検討できるか
家族信託を利用する目的は、ご家庭によって異なります。
認知症対策を優先するのか、将来の相続を重視するのか、自宅を売却する際の税負担を考慮するのかによって、適切な対策も変わります。
そのため、家族信託の契約内容だけでなく、税務上の影響についても専門家に相談しながら検討することをおすすめします。
5.空き家特例には適用期限があることにも注意
空き家特例には、適用期限があります。
現行制度では、対象となる家屋や敷地の譲渡について、令和9年(2027年)12月31日までの期限が定められています。
また、相続開始から売却までの期限など、個別の要件もあります。
そのため、親が亡くなった後に自宅を売却する予定がある場合には、家族信託の契約内容だけでなく、実際にいつ売却するのかについても検討する必要があります。
なお、税制は改正されることがあります。実際に売却する際には、その時点での法令や国税庁の案内を確認してください。
まとめ|家族信託を利用するなら、空き家特例への影響も確認しましょう
家族信託を利用して自宅を信託財産とした場合、受益者が亡くなった後に信託を終了させ、相続人などが自宅を取得して売却することがあります。
しかし、このような取得は、通常の相続や遺贈による取得とは異なるため、空き家特例の適用は原則として認められません。
また、信託を終了させずに受益権を引き継ぐ場合も、受益権を取得したというだけで空き家特例が利用できるわけではありません。
家族信託は、認知症対策や財産管理、将来の承継に役立つ制度ですが、税金の面では注意すべき点があります。
「将来、実家を売却する可能性がある」
「家族信託を利用して親の自宅を管理したい」
「親が亡くなった後、空き家特例を利用できるか知りたい」
このような場合には、家族信託を設定する前に、将来の不動産売却や税務上の取り扱いまで含めて検討しておくことをおすすめします。
大切な財産を適切に管理し、将来の負担を減らすためにも、家族信託のメリットだけでなく、税金への影響も理解したうえで対策を進めましょう。




