認知症対策で家族信託がよいとワイドショーで見ました。私の新潟にいる母は、物忘れが多く、医者から既に軽度の認知症だと診断されていますが、家族信託をしたいと思っています。
ご相談ありがとうございます。
家族信託は最近テレビで特集されることも増えてきており、皆様が見聞きする機会も増えてきましたね。
さて、認知症でも家族信託契約ができるかについてですが、結論から申し上げますと、お母さまに実際にお会いしてみないと分かりません、というところが正直な回答となります。
契約の当事者になることができるかがポイントです
家族信託契約は、「契約」となります。「契約」とは、当事者同士の意思表示が合致することで成立する、法的効力を持つ約束のことです。(民法522条1項)
当事者同士の意思表示が合致するとあるとおり、正常な意思表示・判断ができない場合、契約は成立しないことになります。その為、一般的に、認知症であれば、契約の当事者になることはできない=各種書類や行為のハンコを押すことができない=銀行の払出し伝票が成立しない、不動産売買契約が成立しない、などが資産の凍結、と繋がっていくのです。
とすると、認知症で正常な意思判断能力がないとすると、家族信託契約は結べないということになります。
今回の事例に当てはめて考えると、お母さまは既に認知症だと診断されているとのことですが、医師から「軽度の認知症」と言われているとも仰っていました。どの程度で契約が結べるかを判断するのは、面談をした司法書士や公正証書を作成するときの公証人の先生であるため、お母さまが信託契約を作成できるかどうかは、「お会いしてみないと分からない」という回答になった次第です。
成年後見制度をご存知ですか
ちなみに、正常な意思判断能力がなくなってしまったらどうしたらよいのでしょうか?
一般的に、成年は行為能力があるとされ、自身が行った法律行為については責任を負うものとされています。しかし、加齢や事故、障がいなどで十分な判断能力がない方については、これを保護する必要があります。この制度を成年後見制度といいます。
判断能力が十分でない方は、不動産や預貯金の管理、遺産分割協議の実施、介護施設への入所の契約などが必要であっても、ご自分でできないことがあると思います。また、よくわからないまま契約を結んでしまったものが、悪徳商法によるものであり不利益を被ることもあると思います。成年後見制度は、これらの不利益を保護し生活を支援することを目的とした制度です。
成年後見制度は、家庭裁判所に後見開始の申立を行うことによりスタートし、現状の制度では意思判断能力の改善が見込めるまで(≒お亡くなりになるまで)続きます。
デメリットは、
- 家庭裁判所の監視下にあるために、本人の財産に関する自由度がとても低いこと
- 専門家が後見人になった場合は、高額の後見報酬がかかること
があげられると思います。
デメリット1:財産の自由度が低い
例えば、孫の入学祝いを渡したいと思っても、家庭裁判所にお伺いを立て、それを支出しても問題がないかどうかの判断を委ねる必要がありますし、施設に入り自宅が空き家となった場合も、すぐに売却することは出来ず、本人が自宅に戻る見込みがないことを後見人が家庭裁判所に上申し、家庭裁判所を納得させる必要があります。
デメリット2:高額の後見報酬がかかる
成年後見制度はお亡くなりになるまで続きます。新潟ではご本人がお持ちの財産が1,000万円を超えると、弁護士や司法書士などの法律の専門家が後見人に選任されています。専門家が後見人に選任された場合は、月に2~6万円の後見報酬がかかります。
この報酬がどのように決定されるかというと、後見人が家庭裁判所に報酬付与申立を行うことにより家庭裁判所が決定します。つまり、ご本人がお持ちの財産や、後見人の働きぶりを家庭裁判所がみて、決まってくることになります。
具体的な金額の例ですが、月5万円だったとして、12カ月で年間60万円、成年後見制度を85歳から利用して10年後には600万円という高額な費用がかかってきます。
トラストでは後見人としての職務も行っており、やむにやまれぬ事情により後見制度を利用せざるを得ないという状況に立ち会うことがよくあります。
『施設に入りたいが自宅を売却しないと施設費が捻出できない。しかし意思判断能力が既に難しくなってしまっているため、自宅の売却が出来ない・・・』『生活するためには亡くなったご主人の相続財産が必要なのだが、奥様は認知症が進んでおり遺産分割協議ができない・・・』などです。なにか問題に直面したときに、何も対策をしていないと後見制度を使うほかないのが現状です。
繰り返しになりますが、認知症になってしまうともう対処療法である成年後見制度しか道はありません。そのため、認知症になってしまう前に、何か出来ないかなと考えていただきたいというのが私たちの願いです。