1.受託者になると、株主としての権利行使に関わる
自社株を信託すると、信託財産となった株式については、原則として受託者が株主として議決権等を行使する立場になります。
そのため、
「息子を受託者にするだけだから、今までと何も変わらない」
とは考えないほうがよいでしょう。
後継者には、株主として会社の重要事項に関わる立場が生じます。
2.「後継者=受託者」とは限らない
後継者だからといって、必ずしも受託者に適しているとは限りません。
例えば、
- まだ会社に入社して数年
- 経営経験がほとんどない
- 他の兄弟との関係が悪い
- お金の管理が苦手
- 社長との意見対立が多い
という場合には慎重な検討が必要です。
受託者は、信託財産を適切に管理する義務を負います。
したがって、
「会社を継ぐ予定だから」ではなく、「自社株を託して大丈夫な人なのか」
という視点が重要です。
3.「受託者になったら、息子が社長になる」わけではない
これもよく誤解されます。
例えば、
- 社長A=委託者・受益者
- 長男B=受託者
とした場合、Bが直ちに代表取締役になるわけではありません。
受託者として株主の立場で議決権を行使することと、会社の取締役・代表取締役として経営することは別問題です。
したがって、
「今は社長が経営を続ける」
「将来、長男が経営を引き継ぐ」
という設計も可能です。
4.社長が元気な間の「議決権行使」をどうするか
ここが実務上かなり重要です。
社長としては、
「まだ自分が元気な間は、自分で会社の重要事項を決めたい。」
と考えるのが普通です。
一方、株式を信託すると、受託者が株主として議決権を行使することになります。
そこで、
社長が元気な間はどのように議決権を行使するのか
を信託契約の中で検討する必要があります。
例えば、一定の事項について委託者・受益者の指図を受ける仕組みなどを検討することがあります。
ただし、指図権の設計は、信託契約だけでなく会社法上の株主・議決権の扱いとの整合性も確認する必要があります。
5.「認知症になったら息子が判断する」というルールを明確にする
自社株信託の大きな目的の一つが、社長の認知症対策です。
例えば、
社長が元気
→ 社長の意向を反映
↓
社長の判断能力が低下
→ 後継者である受託者が議決権を行使
という仕組みを考えることができます。
しかし、
「認知症になったら息子が自由に決める」
では曖昧すぎます。
何をもって社長が判断できなくなったとするのか
誰がその状態を判断するのか
など、契約上のルールを検討しておく必要があります。
6.受託者が「会社を売却する」ことまでできるの?
ここも経営者が非常に心配するところです。
受託者には、信託の目的に従って信託財産を管理・処分する権限があります。
したがって、
「受託者に何をさせるのか」
を明確にしておくことが重要です。
例えば、
「会社を将来、長男に承継させたい」
という目的なのに、受託者が自由に株式を処分できるような設計になっていれば、社長の希望と矛盾する可能性があります。
そのため、
- 株式の譲渡
- 議決権行使
- 会社売却
- M&A
- 組織再編
などについて、どのようなルールにするのかを検討します。
7.後継者が「やっぱり会社を継ぎたくない」と言ったら?
事業承継では、意外と重要な問題です。
信託を設定したときには、
「息子が会社を継ぐ」
と思っていても、5年後、10年後には本人の考えが変わることがあります。
また、
- 病気
- 転職
- 家族事情
- 経営方針の違い
などによって、後継者として適さなくなる可能性もあります。
その場合に、
誰を次の受託者にするのか
をあらかじめ考えておくことが大切です。
「長男がダメなら次男」
「長男が辞任した場合は別の親族」
など、受託者の交代についても検討します。
8.兄弟がいる場合は特に慎重に
例えば、
- 長男=後継者
- 次男=会社経営には関与しない
という場合。
長男を受託者にすると、次男から、
「兄が会社の株を自由に動かしている」
と見られてしまう可能性があります。
もちろん、信託契約上適切に管理されていれば問題ありませんが、家族間の理解を得ておくことは非常に重要です。
自社株信託では、法律だけでなく、
「家族が納得しているか」
も大切なポイントになります。
9.受託者の「利益相反」に注意する
後継者を受託者にすると、
「自分自身が将来株式を取得する立場」
と、
「現在、信託財産である株式を管理する立場」
が重なることがあります。
そのため、受託者自身の利益と、受益者や信託財産の利益が衝突する場面については、特に慎重に検討する必要があります。
自社株信託は、一般的な不動産信託よりも利益相反の問題が複雑になりやすい分野です。
10.税務についても必ず確認する
自社株信託では、
「信託だから贈与税はかからない」
と考えるのは危険です。
信託設定時だけでなく、受益者の変更や信託終了時など、状況によって税務上の問題が発生する可能性があります。
特に自社株は評価額が大きくなることがあります。
そのため、
司法書士だけでなく、必要に応じて税理士とも連携して設計する
ことが重要です。
私なら、後継者を受託者にする前にこの5点を確認します
実務的には、次の5点を最初に確認すると整理しやすいです。
① 本当に後継者に株式を託してよいか
② 社長が元気な間、議決権をどう扱うか
③ 社長が判断できなくなった後、誰が何を決めるか
④ 後継者が受託者を続けられなくなった場合どうするか
⑤ 最終的に株式を誰に承継させるのか
この5つを決めてから、具体的な信託契約を設計することをおすすめします。
特に重要なのは「受託者を誰にするか」より「何をさせるか」
自社株信託では、
「息子が後継者だから、息子を受託者にしましょう」
という発想だけでは不十分です。
むしろ、
「息子に、どこまで株主としての権限を持たせるのか」
を考えることが重要です。
自社株は会社の経営権に直結します。
だからこそ、信託契約書を作る前に、会社の定款・株主構成・後継者・家族関係・現在の経営体制を一つずつ確認することが、自社株信託を成功させるポイントになります。




