
「私たち夫婦には子どもがいません。夫婦のどちらが先に亡くなるか分かりませんが、最後に残った財産は、私たちのことを心配してよく訪ねてきてくれる甥に渡したいと思っています。」
このようなご相談は、子どものいないご夫婦からよくお聞きするご希望の一つです。
特に、
- 夫の甥が夫婦を気にかけてくれている
- 将来、身の回りのことを頼める人が甥しかいない
- 夫婦のどちらが先に亡くなるか分からない
- 最終的には、その甥に財産を残したい
- できれば、夫婦のどちらが先に亡くなっても同じようにしたい
という場合には、**家族信託(民事信託)**を活用することで、ご夫婦の希望に沿った財産承継の仕組みを設計できる場合があります。
今回は、子どものいない夫婦が家族信託を利用する場合の一つの具体例をご紹介します。
1.子どもがいない夫婦の相続は「誰に財産を残すか」が重要
子どもがいない夫婦の場合、
「夫婦だから、夫が亡くなったら全部妻に、妻が亡くなったら全部夫にいく」
と思われている方も少なくありません。
しかし、実際の相続では、そう単純ではありません。
例えば、夫が亡くなった場合、妻だけが相続人になるとは限りません。
夫の親がすでに亡くなっている場合には、夫の兄弟姉妹が相続人となる可能性があります。
さらに、兄弟姉妹がすでに亡くなっている場合には、その子である「甥・姪」が代襲相続人となることもあります。
つまり、子どものいない夫婦の場合には、
「夫婦の財産を最終的に誰に承継させたいのか」
を早めに考えておくことが非常に重要です。
2.今回のケース「夫の甥に最後は財産を渡したい」
例えば、次のようなご夫婦を考えてみます。
【ご夫婦の状況】
- 夫:70歳
- 妻:68歳
- 子どもはいない
- 夫の甥が一人いる
- その甥が夫婦を気にかけ、定期的に訪問してくれている
- 将来の生活や介護についても相談できる
- 夫婦のどちらが先に亡くなるかは分からない
- 夫婦の生活を守りながら、最終的には甥に財産を残したい
ご夫婦としては、
「私たちが元気なうちは夫婦で財産を使いたい。でも、どちらか一方が亡くなった後も、残された配偶者の生活は守りたい。そして、二人とも亡くなった後は、面倒を見てくれた甥に財産を渡したい。」
というお気持ちです。
このような希望に対して、家族信託を活用する方法があります。
3.家族信託なら「夫→妻→甥」という財産承継を設計できる
家族信託には、受益者が亡くなった場合に、次の受益者へ受益権を承継させる仕組みがあります。
いわゆる**「受益者連続型信託」**です。
例えば、
第1受益者:夫
↓
夫死亡後:妻
↓
妻死亡後:夫の甥
という仕組みを設計することが考えられます。
この場合、夫が先に亡くなったとしても、信託財産については妻が受益者となり、妻の生活を守ります。
そして妻が亡くなった後には、甥が受益権を取得する、という流れを作ることができます。
信託法91条は、受益者の死亡により次の者が新たに受益権を取得する仕組みを認めています。
4.では、妻が先に亡くなった場合はどうする?
ここが、子どものいない夫婦の家族信託を考える上で重要なポイントです。
夫が先に亡くなる場合だけでなく、
「妻が先に亡くなった場合」
についても考えておく必要があります。
例えば、妻が先に亡くなった場合には、
妻死亡
↓
夫が受益者
↓
夫死亡
↓
夫の甥が最終的に財産を承継
という仕組みを検討することができます。
つまり、
「夫が先に亡くなった場合」
「妻が先に亡くなった場合」
の両方を想定して、最終的な財産の承継先を設計することが大切です。
5.「夫の甥なのに、妻の財産も甥に渡せるの?」
ここは非常に重要なポイントです。
今回のケースでは、甥は「夫の甥」です。
そのため、
「妻に何かあった場合、妻の財産まで夫の甥に渡るのはおかしいのでは?」
と疑問に思われるかもしれません。
しかし、財産の所有者である妻自身が、
「私が亡くなった後は、この人に財産を承継させたい」
という意思を持っているのであれば、その意思を踏まえて財産承継の仕組みを検討することができます。
重要なのは、
夫の財産なのか、妻の財産なのか
を分けて考えることです。
夫婦だからといって、財産を一括して考えるのではなく、
- 夫名義の不動産
- 妻名義の不動産
- 夫の預貯金
- 妻の預貯金
- その他の財産
について、それぞれ「誰に承継させたいのか」を確認する必要があります。
その上で、夫婦それぞれの財産について、最適な信託設計を考えていきます。
6.「遺言」ではなく家族信託を利用するメリット
「甥に財産を渡したいだけなら、遺言を書けばいいのでは?」
もちろん、遺言は非常に重要な方法です。
例えば、
「私が亡くなったら、この財産を甥に遺贈する」
という内容の遺言を作成することができます。
しかし、今回のように、
「夫婦のどちらが先に亡くなっても、残された配偶者の生活を守り、その後に甥へ財産を承継させたい」
という場合には、家族信託の「受益者連続」の機能が有効になることがあります。
例えば、
遺言の場合
夫死亡
↓
妻が相続
↓
妻が亡くなったときの財産は、妻自身の相続人へ
となります。
妻が亡くなった時点で、妻がどのような遺言を残しているか、あるいは相続人が誰なのかによって、財産の行方が変わります。
一方、家族信託では、
夫
↓
妻
↓
甥
というように、あらかじめ次の受益者を定めておくことができます。
信託協会も、受益者の死亡後に配偶者、さらにその次の者へ財産を承継させる「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」を紹介しています。
7.家族信託は「財産をすぐに甥に渡す」制度ではありません
ここも誤解されやすいところです。
家族信託を設定したからといって、
「今すぐ甥に財産を贈与する」
という意味ではありません。
例えば、
夫が元気な間
夫が受益者として、自分の生活のために信託財産を利用する。
↓
夫が亡くなった後
妻が受益者となり、妻の生活のために信託財産を利用する。
↓
妻が亡くなった後
甥が受益者となり、残った財産を承継する。
という設計が可能です。
委託者の死亡をきっかけとして、指定された者が受益権を取得する仕組みについては、信託法90条にも規定があります。
つまり、
「今は夫婦のために財産を使い、夫婦が亡くなった後は甥に承継させる」
という考え方です。
8.家族信託を利用すれば認知症対策にもなる
子どものいないご夫婦の場合、もう一つ大きな問題があります。
それが、
「認知症になったら財産管理をどうするか」
という問題です。
例えば夫が認知症になった場合、
「夫婦の財産だから、妻が自由に使える」
とは限りません。
夫名義の不動産を売却したり、賃貸不動産を大規模修繕したり、金融資産を管理したりすることが難しくなる場合があります。
そこで、元気なうちに信託契約をしておき、
夫=委託者兼受益者
妻や信頼できる親族=受託者
とすることで、夫の財産について、あらかじめ定めた目的に従って受託者が管理・処分できる仕組みを作ることができます。
家族信託は、財産承継だけでなく、認知症による財産管理リスクへの備えとしても活用されています。
9.「よく面倒を見てくれる甥」に財産を残したい
今回のケースで特に大切なのは、
「甥だから財産を渡す」のではなく、「自分たちを大切にしてくれている人に財産を残したい」
というご夫婦の気持ちです。
子どもがいないご夫婦の場合、
「誰に財産を残すのが正解なのか」
は、決して法律だけで決められるものではありません。
兄弟姉妹や甥・姪の中でも、
「何年も連絡をくれない人」
「遠方に住んでいてほとんど交流がない人」
「いつも気にかけてくれている人」
など、関係性はさまざまです。
だからこそ、
「自分たちが最後まで安心して生活できること」
と、
「自分たちが亡くなった後に、誰に財産を託したいのか」
を一緒に考えることが重要です。
10.ただし、家族信託だけですべて解決するわけではありません
家族信託は非常に便利な制度ですが、
「家族信託を作れば相続対策はすべて完了」
というわけではありません。
例えば、
- 信託していない預貯金
- 信託していない不動産
- 生命保険
- 株式
- その他の財産
については、別途相続対策を考える必要があります。
また、税金の問題もあります。
特に受益者連続型の信託では、相続税・贈与税について通常の相続とは異なる取扱いが生じる場合があります。国税庁も「受益者連続型信託」について、信託に関する権利を贈与・遺贈により取得したものとみなす特例を設けています。
したがって、家族信託を設計する際には、司法書士だけでなく、必要に応じて税理士などとも連携しながら検討することが大切です。
11.家族信託には「30年」というルールもある
受益者連続型信託には、信託法91条による期間の制限があります。
簡単にいうと、
信託設定から30年が経過した後に新たに受益者となった人については、その人が死亡するまで、または受益権が消滅するまでの間、効力が続く
というルールです。
そのため、
「何代にもわたって永久に財産を承継させる」
という制度ではありません。
実際の信託設計では、将来の財産状況や家族関係なども考慮して、慎重に契約内容を決める必要があります。
12.子どもがいない夫婦だからこそ「二人とも元気なうち」に
今回のようなご相談で、最も避けたいのは、
「もう少し年を取ってから考えればいい」
と先延ばしにしてしまうことです。
家族信託は、基本的に財産を託す人に十分な判断能力があるうちに契約する必要があります。
認知症などによって判断能力が低下してしまった後では、希望する内容の信託契約を新たに作ることが難しくなる場合があります。
だからこそ、
「まだ元気だから大丈夫」
という時期こそ、将来について考えるタイミングです。
まとめ|「最後はあの人に託したい」を家族信託で形にする
子どものいない夫婦にとって、相続は単に「誰が相続人なのか」という問題だけではありません。
大切なのは、
「私たちは、最後に誰に財産を託したいのか」
ということです。
例えば、
「夫の甥がいつも私たちのことを気にかけてくれている」
「自分たちが年を取った後も、甥に支えてもらいたい」
「夫婦のどちらが先に亡くなっても、残された配偶者の生活を守りたい」
「そして、二人とも亡くなった後は、甥に財産を渡したい」
という希望があるのであれば、
夫婦 → 配偶者 → 甥
という受益者の承継を家族信託で設計する方法があります。
家族信託は、単に「財産を誰に渡すか」を決める制度ではありません。
「自分たちの財産を、自分たちの考えたとおりに、最後まで活用してもらうための仕組み」
ともいえます。
子どもがいないご夫婦の場合、
「自分たちの財産は最終的にどうなるのだろう?」
「夫婦のどちらが先に亡くなったらどうなる?」
「お世話になっている甥に財産を残すにはどうしたらいい?」
といった疑問を、元気なうちに一度整理してみることをおすすめします。
私たちの司法書士事務所でも、子どものいないご夫婦の相続対策や家族信託についてご相談をお受けしています。
「家族信託が必要なのか、それとも遺言のほうが適しているのか」
という段階からでも構いません。
ご夫婦の財産状況やご家族との関係をお聞きしたうえで、お二人の希望を実現するためにどのような方法が適しているのかを一緒に考えることが大切です。
「自分たちが亡くなった後、誰に財産を託したいのか」。
元気な今だからこそ、ご夫婦で一度話し合ってみてはいかがでしょうか。




