相談者:新潟市在住50代女性(Aさん)
私の父は、数年前に母を亡くしてからは自宅で一人暮らしをしていましたが、最近は体が思うように動かなくなってきたため先日老人ホームへ入所しました。一人暮らしは心配だったので施設に入所して安心しましたが、今後は施設利用料の支払いが不安です。正直な話、父はもらえる年金額も少なく、貯金も十分にあるとは言えません。父のこれからの収支を計算したのですが、3年ほどで貯金が底を尽きてしまいそうです。私も兄も子供達の教育費等でまだまだお金がかかるので、父を金銭的に支援する余裕はありません…。
そこで、施設利用料を確保するために空き家となっている実家を売却することを検討しています(兄は県外に家がありますし、私も結婚して家庭を持っているので、実家には今後誰も住む予定はありません)。父の精神面(父は「大切な家だから、すぐに売ることはしないでくれ」と言っています)や家財を整理する時間を考慮するとすぐに売却することは難しいので、1〜2年後を目途に売却したいと考えています。
ですが、最近、父の物忘れがひどくなってきたように感じます。いざ売却しようと思った時には父が認知症になってしまっていて、実家の売却ができなくなってしまうのではないかと心配です。私たち家族にできる対策はありますか?
回答:司法書士法人トラスト
ご相談ありがとうございます。
老人ホームの施設利用料は月15万〜20万円ほどかかり、また施設利用料に加えて医療費等もかかってきますので、Aさんのように施設利用料等を捻出するために空き家となる自宅の売却を検討されるご家族様は少なくありません。ですが、ご存知のとおり、認知症などで意思判断能力が低下してしまいますと、いざ売却を進めようとしてもご自宅を売却することも貸すこともできなくなってしまいます。
空き家対策
判断能力がある今のうちに売却してしまえば何の心配もないですが、Aさんのお父様のように、「いずれ売却しなければいけないことは分かっているが、入所してすぐに売却はして欲しくない」というお考えの方や、「施設に入所してもときどき家に帰りたいから、しばらくの間自宅はそのままにしておいて、将来必要があるのであれば売ったり貸したりしてもいい」といったお考えの方など、不動産に対する所有者の方の考えは人それぞれ異なるかと思います。
ご自宅はお父様の大切な財産ですので、お父様の意向を尊重し、かつ、金銭的に困ることがないような対策が良いですよね。
「家族信託」なら、お父様の精神面も配慮し、スムーズな自宅売却を実現することができます!
不動産売却に備えた家族信託
家族信託とは、信頼できる方に財産を託し、代わりに管理してもらう制度です。
Aさんの場合ですと、例えば、お父様を委託者、Aさんを受託者、受益者をお父様とする信託契約を締結します。信託不動産は金銭と自宅不動産とし、受託者であるAさんには、自宅不動産の管理処分権限を付与します。そうすることで、信託契約後の信託不動産に関する売却についても、すべて受託者であるAさんが明確な権限をもって手続きすることが可能になりますので、お父様の意思確認の手続きを要請されることはありません。
信託契約の締結により、定められた信託の目的に従って、受託者であるAさんによる不動産の管理・処分が実現できますので、委託者であるお父様の意思判断能力や健康状態等に左右されず、スムーズに不動産の売却を進めることが可能となります。
⚠︎家族信託は契約なので、お父様がお元気な(意思判断能力がある)うちに契約する必要があります。
信託財産の管理方法
では、信託契約を結ぶと具体的に管理の方法などはどうなるのでしょうか?
受託者は、信託された財産と受託者固有の財産をしっかりと分けて管理する必要があります。
【金銭の管理】
・管理口座の作成
→受託者個人の財産が混在しないように、受託者が管理する信託専用の口座に移動して管理します
・日常的な支払いなど
→受託者が受益者のために必要と判断して時に、信託専用口座からお金を引き出します
【不動産の管理】
・不動産の信託登記
→速やかに信託登記を行う必要があります(信託法第34条)
・火災保険・地震保険の名義変更
→建物に付随する火災保険等の契約者を受託者名義に変更する必要がある場合があります(保険会社によってルールが異なります)
・固定資産税の支払い
信託登記後の登記簿の表示
信託登記をすることで、登記簿は、今まで所有者として名前が載っていたお父様に代わり、受託者であるAさんの名前が記載されます。Aさんは登記簿上の形式的な所有者となるので、お父様が認知症になってしまっていても、Aさんが売主として不動産を売却することが可能となります。
不動産を売った際の売却代金は受益者であるお父様のもの(信託財産)ですので、Aさんが受領し、信託専用口座で管理します。
認知症対策を行わなかった場合、不動産の所有者の意思判断能力が低下してしまっていますと不動産を売却するには成年後見制度を利用するしかありません。
しかし、成年後見制度は一度利用すると、(ご本人の判断能力が回復した場合以外は)途中でやめることはできません。当初の目的である不動産の売却を達成したからといって成年後見制度を辞めることはできませんので、専門職が後見人となった場合はご本人がお亡くなりになるまで報酬を支払い続けることになってしまいます。
不動産を売却することを想定していらっしゃるのであれば、お父様がお元気なうちに一度ご家族で家族信託について検討されてみてはいかがでしょうか。