最近、中小企業のオーナー経営者の方から、
「会社の株を信託することはできますか?」
「自分に何かあったとき、会社の経営をどうすればいいですか?」
「まだ事業承継する相手は決まっていないのですが、今からできる対策はありますか?」
といった、自社株の信託に関するご相談やご依頼をいただく機会が増えています。
これまで「家族信託」というと、自宅や預貯金、不動産などを対象とした認知症対策というイメージが強かったかもしれません。
しかし最近では、家族信託を中小企業の事業承継対策の一つとして活用するケースも注目されています。
特に、オーナー社長が会社の株式を100%、あるいは大部分保有している中小企業では、自社株の管理は会社経営そのものに直結します。
今回は、なぜ今「自社株の信託」が注目されているのか、司法書士の立場から分かりやすく解説します。
1.会社の株式は「財産」であると同時に「経営権」でもある
まず、自社株について考えるときに重要なのは、
株式は単なる財産ではない
ということです。
例えば、オーナー社長が自社株を100%保有している会社であれば、その株式には財産的な価値があるだけではありません。
株主総会における議決権を通じて、
- 取締役の選任
- 取締役の解任
- 会社の重要な意思決定
などに関わることになります。
つまり、
「誰が株式を持っているのか」=「誰が会社の経営に影響力を持つのか」
という問題でもあります。
そのため、事業承継を考える際には、
「会社を誰に継がせるか」
だけでなく、
「自社株を誰がどのように管理するのか」
を考える必要があります。
2.社長が認知症になったら、自社株はどうなる?
例えば、70歳のオーナー社長がいるとします。
会社は順調ですが、後継者への事業承継はまだ少し先の予定です。
ところが、ある日、社長が認知症になってしまった。
この場合、
「息子がいるから、息子が会社の株を管理すればいい」
とは簡単にはいきません。
社長本人が株主である以上、認知判断能力が低下した後の議決権行使などについて、問題が生じる可能性があります。
さらに、
「社長が認知症になってから、自社株を息子に贈与すればいい」
という対応も、本人の判断能力が低下していれば難しくなります。
ここが、自社株について早めに対策を考える重要な理由です。
3.自社株を家族信託するという選択肢
そこで検討されるのが、
自社株を信託財産とする家族信託
です。
例えば、
委託者
オーナー社長
受託者
後継者である息子
受益者
オーナー社長
という形で、自社株を信託することが考えられます。
イメージとしては、
社長
↓ 自社株を信託
息子が株式を管理
↓
社長は引き続き受益者として経済的利益を受ける
という仕組みです。
重要なのは、
「株式の名義・管理を担う人」と「経済的利益を受ける人」を分けることができる
という点です。
4.「株を渡す」のではなく「株を託す」
自社株の信託について、よくある誤解があります。
それは、
「信託すると、息子に株をプレゼントすることになるのですか?」
というものです。
家族信託は、単純な贈与とは違います。
信託では、
「自社株を託す」
という考え方をします。
例えば、社長がまだ元気な間は、
「会社の経営については自分が中心になって行う」
という形を維持しながら、将来、認知症などによって判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ株式の管理方法を決めておくことができます。
つまり、
「今すぐ経営権を完全に譲るのではなく、将来に備えて株式の管理体制を作っておく」
という発想です。
5.自社株信託は「認知症対策」と「事業承継」の中間にある
自社株信託の面白いところは、
認知症対策と事業承継対策の両方に関係する
という点です。
例えば、
「まだ社長を引退するつもりはない」
「後継者もまだ正式には決まっていない」
「しかし、自分に何かあったときに会社が止まるのは困る」
という経営者は少なくありません。
このような場合、
「すぐに事業承継する」
か
「何もしない」
かの二択ではありません。
その間に、
「万が一に備えて自社株の管理方法を決めておく」
という選択肢があります。
6.「後継者がまだ決まっていない」場合はどうする?
実際のご相談では、
「息子に継がせたい気持ちはあるけれど、まだ本人が会社を継ぐと言っていない」
というケースもあります。
このような場合には、信託契約の内容を慎重に検討する必要があります。
例えば、
「今は自分が経営する」
↓
「自分が元気な間は自分の意思を尊重する」
↓
「一定の事由が発生した場合には、後継者が株式を管理する」
というように、将来の状況を想定した設計を検討することができます。
ただし、自社株信託は契約内容によって会社経営への影響が大きく変わるため、
「とりあえず株を信託しておけばいい」
というものではありません。
会社法上の株主の権利や、定款の内容、株式の種類、議決権の行使方法などを確認したうえで設計することが重要です。
7.自社株信託で特に注意したい「議決権」
自社株信託を検討する場合、特に重要なのが、
「議決権を誰が行使するのか」
という問題です。
株式には財産的な価値だけでなく、議決権という非常に重要な権利があります。
そのため、
「株を息子に信託しました」
だけでは十分ではありません。
例えば、
- 誰が議決権を行使するのか
- 社長が元気な間は誰が意思決定するのか
- 社長が判断できなくなった場合はどうするのか
- 後継者が複数いる場合はどうするのか
- 受託者が勝手に会社を売却するようなことはないのか
- 受託者が死亡した場合はどうするのか
などを事前に検討する必要があります。
自社株信託は、通常の不動産や預貯金の信託以上に、契約内容の設計が重要になります。
8.「株を信託すれば事業承継が完了する」わけではない
ここも非常に大切です。
自社株を信託したからといって、それだけで事業承継のすべてが完了するわけではありません。
事業承継には、
- 株式
- 会社経営
- 代表取締役
- 従業員
- 取引先
- 金融機関
- 個人保証
- 会社所有不動産
- 社長個人所有の事業用不動産
- 相続税・贈与税
など、さまざまな問題があります。
特に、
「株式の承継」と「経営者の承継」は同じではありません。
自社株を誰が管理するかと、誰が代表取締役として会社を経営するかは、分けて考える必要があります。
したがって、自社株信託を検討するときには、会社全体の事業承継計画の中で位置付けることが重要です。
9.「もし社長が突然亡くなったら?」も考える
自社株の対策では、認知症だけでなく、
突然の死亡
についても考えておく必要があります。
社長が突然亡くなった場合、自社株は相続財産になります。
相続人が複数いる場合、
「誰が会社の株を取得するのか」
という問題が生じます。
場合によっては、
「会社を継ぐつもりのない相続人も株主になる」
ということもあります。
そうなると、会社経営に影響が出る可能性があります。
だからこそ、
「元気なうちに、もしもの場合の株式の行き先を考えておく」
ことが重要なのです。
10.自社株信託は「社長の会社を守る仕組み」
中小企業では、
「会社=社長」
という状態になっているケースも少なくありません。
社長が会社の株式をほぼすべて保有し、会社の重要な意思決定も社長一人に集中している。
これは、社長が元気なうちは非常に強い経営体制です。
しかし、
社長が突然動けなくなったときには、最大のリスクにもなります。
だからこそ、元気なうちに、
「自分がいなくなっても会社が止まらない仕組み」
を作っておく必要があります。
自社株信託は、そのための一つの方法です。
11.「まだ元気だから」ではなく「元気な今だから」
事業承継対策についてご相談を受けると、
「まだ自分は元気だから、もう少し先でいい」
という経営者の方もいらっしゃいます。
しかし、家族信託をはじめとする認知症対策は、
元気な今だからこそできる対策
です。
判断能力が低下してしまってからでは、本人の意思に基づいて新たな信託契約を締結することが難しくなる場合があります。
事業承継も同じです。
「まだ先の話」
と思っている時期から準備を始めることで、選択肢を広く持つことができます。
12.自社株信託は「誰に継がせるか」だけではない
自社株の信託についてご相談いただいた際、私たちが大切にしているのは、
「誰に株を渡すか」だけを考えないこと
です。
大切なのは、
「社長は会社をどうしたいのか」
「会社を誰に残したいのか」
「後継者は本当に経営をしたいと思っているのか」
「社長にもしものことがあった場合、誰が会社を守るのか」
「家族間で争いが起きないか」
「株式以外の財産はどうするのか」
などを、一つひとつ整理することです。
自社株信託は、その中の一つの手段にすぎません。
まとめ|「会社を守るために、株をどうするか」を考える
最近、中小企業のオーナー経営者の方から自社株の信託についてご相談いただく機会が増えています。
その背景には、
「自分が元気なうちは会社を経営したい。でも、自分に何かあったときに会社を止めたくない」
という経営者の思いがあります。
自社株は、単なる財産ではありません。
そこには、
会社の経営権
という非常に重要な意味があります。
だからこそ、自社株については、
「相続が発生してから考える」
のではなく、
元気なうちに、会社の将来と一緒に考える
ことが大切です。
家族信託を利用することで、
「今すぐ引退するわけではないが、将来に備えて株式の管理体制を整えておきたい」
という経営者の希望を実現できる場合があります。
もちろん、自社株信託がすべての会社に適しているわけではありません。
会社の株主構成、定款、株式の種類、後継者、家族構成、会社の経営状況などによって、最適な方法は変わります。
場合によっては、家族信託ではなく、遺言、生前贈与、種類株式、株式譲渡、事業承継税制などを組み合わせたほうがよいケースもあります。
だからこそ、
「自社株をどうするか」ではなく、「会社を将来どう残したいのか」から考える。
これが事業承継対策の第一歩ではないでしょうか。
「自社株の信託について詳しく知りたい」
「認知症になった場合の会社経営が心配」
「まだ後継者は決まっていないが、何か対策をしておきたい」
という経営者の方は、早めに専門家へご相談ください。
私たちの司法書士事務所でも、中小企業のオーナー経営者の方の自社株信託・事業承継・相続対策についてご相談をお受けしています。
会社を守るために、そして、ご自身が築いてきた会社を次の世代につなぐために。
「まだ早い」と思っている今こそ、一度、自社株の将来について考えてみてはいかがでしょうか。




