私は新潟で不動産業を営んでいます。会社は私が50年前に立ち上げ、苦労しながら何とか守ってきました。ですが最近、体力や記憶力の低下を感じ始めています。また、持病持ちのため、急に倒れるかもしれないという不安もあります。現在、会社の株は全て私が所有しているため、事故や病気、認知症発症などにより、会社の経営が滞ってしまうことを恐れています。
私の後は長男が継ぐ予定なので、経営判断ができなくなるリスクに備えて株を長男へ贈与することも考えましたが、多額の贈与税がかかってしまいますし、元気なうちは経営権はまだ私が握っていたいという気持ちもあり、断念しました。そうは言っても、このまま何の対策もしないわけにはいかないと思っているのですが、どうしたらいいものか見当もつきません。どうしたらいいでしょうか?
ご相談ありがとうございます。
100%株主であるご相談者様が、事故や病気、認知症発症などにより判断能力が認められなくなってしまった場合、株主総会を適法に開催して有効な決議をすることができなくなってしまいます。そうなると会社の経営が滞ってしまうので、絶対に避けたい事態ですよね。
ご相談者様(現経営者)から息子様(後継者)へ自社株を移転させる方法の一つとして、生前贈与があります。ですが、ご相談者様がおっしゃっていたように、金額によっては贈与税の負担が発生します。
また、生前贈与のリスクとしては、贈与した後に後継者として不適格であることに気が付いた際に、株式の返却を要求したとしても、応じてもらえない可能性があります。
次に、遺言によって後継者へ自社株を渡すことも手段の一つとしては考えられます。
しかし、お亡くなりになるまでの間に現経営者が認知症などで意思判断能力を失ってしまった場合には、株主総会の決議ができず、会社の経営が滞ってしまいます。
このように生前贈与や遺言での自社株の移転は取り組みやすい手段ではありますが、リスクやデメリットがあります。
こうしたデメリットを回避し、円滑な事業承継を実現させるために、「家族信託」という制度があります。家族信託は、信頼できる方に財産を託し、代わりに管理してもらう制度です。
ご相談者様がお元気なうちに、自社株式を息子様へ信託しておきます。
具体的に以下のような信託設計はいかがでしょうか?
- 委託者:ご相談者様(お父様)
- 受託者:息子様
- 受益者:ご相談者様(お父様)
- 信託財産:自社株式全て
自社株式を信託財産として、後継者である息子様へ信託します。信託された株式の名義は、ご相談者様から受託者(後継者である息子様)へと変更されます。家族信託は、信託の目的に沿って受託者が信託財産の管理・運用を行うので、議決権は受託者が行使することとなります。
株式の形式的な所有権は息子様へ移転しますが、会社の利益を得るのは受益者(現経営者であるお父様)ですので、生前贈与ではないため贈与税はかかりません。
また、委託者(お父様)の死亡によって信託が終了した場合、信託財産である自社株の帰属権利者(信託が終了した時に信託財産を引き継ぐ人)を息子様(後継者)に設定しておくことで、確実に後継者へ全株式を渡すことができます。
このような家族信託を組むことによって、贈与税の心配なく、経営判断の凍結のリスクを回避し、円滑な事業承継の実現が可能となるのです。
また、ご相談者のように、元気なうちは経営権は自分のもとに残しておきたいというニーズにも、家族信託なら対応することができます。
株式を信託することにより、経営判断が凍結しない代わりに、経営権が受託者に移ることになります。まだ引退をお考えでないのであれば、株式信託の仕組みの中で「指図権」という権限を設けることで、現経営者が元気でいる限りは、実質的な経営権は現経営者が保持し続けることが可能となります。
「指図権」とは、信託財産の管理や処分・運用の方法などについて、受託者に指図できる権限のことです。そして、その権限を持つ者を「指図権者」といいます。株式信託の場合ですと、株主総会において受託者が投じる各議案の賛成・反対の票について指図権者である現経営者(お父様)が指図をすることができます。
この権限を設けた場合でも、もし、現経営者が病気や事故、認知症などで意思判断能力を失ってしまった場合は、受託者が議決権の行使し、経営判断をすることになります。
このように、家族信託を利用した場合は、認知症等による経営判断凍結のリスク回避ができるという点や信託契約に基づいて確実に後継者へ株式を渡すことができるという点においてメリットが大きい制度です。
家族信託を利用することで、ご相談者様それぞれの希望に沿った柔軟な事業承継を行うことが可能になります。ただ、家族信託は、お客様になにかあってからでは行えないものになります。後継者候補である息子様を含め、ご家族でしっかりお話合いいただき、その後必要でしたらお声がけいただければと思います。弊所が、事業承継に関するお悩みを解決する一助になれれば幸いです。