「私が認知症になったときに家族信託をスタートする」という契約は出来るのでしょうか?

質問:新潟県にお住まいの方

私は退職前、公務員でした。細かいことや物事の計算が得意だった私ですが、徐々に、しかし確実に物忘れが増えてきている印象があります。なんでも自分でできていたのですが、やはり年には抗えないのか、と悔しい気持ちがあります。

先日テレビで家族信託の特集をみました。信頼できる家族を受託者として指定し、自分の財産を預けて、管理してもらうとのこと。自分に判断能力がなくなったときには、しっかり者の娘に受託者になって欲しいと思って観ていましたが、今はまだなんとか自分で色々出来るのでその間は受託者はいりません。私が認知症になったときに家族信託をスタートするという契約は出来るのでしょうか?また、家族信託契約を締結するのに、最適な時期はありますか?

回答:司法書士法人トラスト

ご相談ありがとうございます。

いつから信託契約をスタートさせるか、はお悩みのポイントですよね。

実際に認知症になってしまうと、信託契約を締結することは難しくなってしまいます。信託契約も法律行為であるため、判断能力が乏しい状態での法律行為は無効とみなされるためです。つまり、認知症になってしまい「意思判断能力が低下」してしまう前には、最低限契約を完了させておく必要があります。

次に、信託契約のなかで、自分が認知症になってから契約をスタートさせるということが出来るのか、についてお話します。

契約の効力発生日を明確にできるかが問題です

まず、「契約」についてですが、いつからその効力が生じるかという効力発生日が重要で、誰がみても客観的に明確な日付でなければなりません。

基本的な信託契約は契約を締結した時点から効力が発生します。信託契約を結んだ時から、受託者に財産を託すことを始めるということです。

ご相談者様のように、しっかりされていてまだまだお元気でいらっしゃると、「今はまだ託さなくてもいい。」というお気持ちもよく分かります。

信託契約のなかで、「委託者の判断力の低下」「認知症の発症」を条件として効力を発動させることは、理論上可能です。しかし、それがどの程度本当に実現されるのか、という問題が出てきます。「委託者の判断能力の低下」「認知症の発症」を客観的に判断するのは誰がどのように行うのが適切でしょうか?

医師が診断するということが最も客観的に感じますが、誰がどうみても親は認知症の状況なのに、医者に連れて行かず、意図的に診断書を取得しないということもできます。また、医師の診断の日付=実際に判断能力が低下した日ではないため、効力発生日として取り扱うことについて問題があると思います。

また、条件付(始期付)の信託契約には、もう一点大きな問題があります。

それは、信託登記の本人確認です。「認知症になったら信託をスタートする。」契約上は可能ですが、信託登記の委任状はいつ書くのでしょうか?

認知症になっていたら委任状は書くことが出来ません。

信託契約を結んだときに委任状を書いておくことは出来ますが、今度は本人確認の問題が出てきます。司法書士は登記をする際に必ず本人確認をすることが義務付けられています。委任状を書いたときは大丈夫だったかもしれませんが、実際に認知症になったときに登記をしようとして本人確認をしたら登記することができません。この点でも大きな問題があります。

以上の理由から、弊所では条件付(始期付)の信託契約の作成は行っていません。

信託契約は早めに締結することをおすすめします

信託契約を締結されるおすすめの時期ですが、「まだちょっと早いかな」と思われる位から、「少し、物忘れが増えてきて心配だな」と思われる位の間には作成されることをおすすめします。

またまた預けたくないというお気持ちが強いようでしたら、信託金額について、初めは10万円~50万円の少額からスタートし、ちょっと不安になってきたら追加信託で金額を増やすことも可能です。それぞれのお客様に合ったプランを設計いたしますので、お悩みやお考えなど、委託者様・受託者様ともにご相談いただければと思います。

信託契約が遅れてしまった結果……

過去に、信託契約の時期で弊所でも悔しい思いをしたことがあります。

障がいのあるお子さまがいらっしゃるお母さまがご相談にいらっしゃいました。お母さま亡き後、お子さまの暮らしが心配とのことでした。

弊所からは、面倒を見てくれる親族に受託者になってもらい、お子さまがお亡くなりになったときには、面倒を見てくれていた親族に残余の財産を帰属する設計の信託契約スキームをご提案させていただきました。お客様は「検討します」とのことで、その日はお帰りになられたのですが、ご検討されている途中でお亡くなりになってしまったのです。

信託がないと、お母さまの財産を、お子さま→面倒をみてくれるご親族の順に承継させることは出来ず、想いが実現できない結果となってしまったことがあります。

もちろん人間なのでいつ何があるかわからないのですが、タイミングについてはご家族で決断されたときが一番良いと思います。まずは一度、直接お話をお伺いできればと存じます。

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