ケース1 空き家となった実家を売却し、施設利用料に充てたい
相談者)父は現在、有料老人ホームに入所しています。施設利用料は毎月父の口座から引き落としになっているのですが、施設利用料と医療費等で毎月約20万円の費用がかかっています。収入は年金のみなので、収支は赤字です。入退院の繰り返していたため、あと2年程で貯金が底をつきてしまいそうです。
施設費用が少しでも低くなるように、特別養護老人ホームの入所申込をしているのですが、何百人も待ちがいるようで、いつ入所できることやら、、、
私も金銭的な援助ができればいいのですが、子供の学費等お金がかかる時期で、父の施設費を援助できる程の余裕はありません。そこで、空き家になっている父名義の自宅の売却をしたいと考えています。実家は、父が施設に入所してからずっと空き家なのですが、何もせずそのままにしておくわけにもいかないので、定期的に訪問して、庭木の剪定や草とりを行っています。草取りは年に一度と言うわけにはいかないので、伸びてきたらその都度手入れをしていて、これがなかなか大変です。自分で草取りができない時は業者に依頼することもあるのですが、固定資産税やそういった管理費用、光熱費などの空き家に関する費用は年15万円程かかっています。
草取りなどの空き家の管理も大変ですし、維持費も高いので、早く空き家を売却したくて相談に来ました。
関)ご事情はよく分かりました。大切な確認なのですが、お父様の判断能力はどの程度ございますか?
相談者)父は認知症の検査は受けたことがありませんが、簡単な受け答え程度しかできず、面会しても私を認識できているか曖昧な状態です。なので、父の通帳や貴重品は私が管理しています。父の実印と印鑑証明書も私が持っているので、私が委任状に代筆します。売買の登記をお願いできますでしょうか?
関)残念ながら、お父様の今の状態では、不動産の売買をすることはできません。
不動産所有者が認知症になってしまった場合
認知症などで意思判断能力が低下してしまいますと、様々な契約行為ができなくなってしまいます。不動産に関係するところですと、売買契約、賃貸借契約、修繕の工事請負契約などが考えられます。
不動産を売却するときは、売買契約を結び、その売買契約に基づき、司法書士が所有権移転の登記(不動産の所有権が売主から買主に移転する手続き)を申請します。所有権移転の登記をする際には、司法書士による登記申請者の意思確認と本人確認が義務付けられています。認知症で判断能力が低下している状況ですと、不動産所有者の方の意思の確認ができません。
ご相談者様のように、「本人(不動産所有者である親)は認知症だが、子である自分が本人の実印等も管理している。自分が本人の代わりに所有権移転の書類に署名捺印するから、登記申請してほしい」といったことをおっしゃる方も少なからずいらっしゃいますが、ご本人の意思が確認できない以上、登記の手続きをお受けすることはできません。
売却ができないとなると、空き家をずっと放置することになってしまいますが、ご相談者様がおっしゃっていたように、空き家の管理には維持費がかかりますし、ご自身で草取り等の手入れをされる場合は相当な労力を要します。
ケース2 口座から引き出しができなくなってしまった
相談者)私は県外に住んでおり、コロナの影響もありここ数年は実家に帰省できておらず、先日久しぶりに帰省したのですが、一人暮らししている母の認知機能がガクッと下がっていて驚きました。
母の通帳を見ると、普通預金の残高はほとんどなかったので、定期預金を解約しようと一人で銀行窓口へ行きましたが、母も窓口へ行き意思確認ができないと解約はできないと言われてしまいました。普通預金からの引き出しもしようと思いましたが、母はキャッシュカードを作っていなかったので、ATMでの引き出しもできませんでした。
とりあえず銀行の窓口へ連れて行きましたが、やはり認知症では手続きできないと言われてしまいました。母を支援できる金銭的余裕はないので、なんとか母の定期預金を解約し、口座からお金を引き出せるようにしたいです。どうしたらいいですか?
関)ご相談ありがとうございます。現状をお聞きする限りですと、お母さまの口座からお引き出しをするためには、成年後見制度の利用を検討いただくことになります。
ご相談者様がそうだったように、口座の名義人が認知症になった場合、口座は凍結され、お取引ができなくなってしまいます。
ケース1・2の場合の対応
認知症の状態でどうしても不動産売却が必要なケース1のような状況・認知症による口座凍結を解消したいケース2のような状況であれば、成年後見制度の利用を検討することになります。ですが、お子さんや配偶者がしっかり本人を支援しているようなケースでは、成年後見制度は窮屈に感じることもあります。親族以外の成年後見人が付いてしまうと、通帳はすべて後見人に預けなければならなく、その後通帳の残高を後見人に尋ねても教えていただけないケースもあるようです。また、例え本人の生活のための支出であっても、家庭裁判所にその支出が認められないケースもあります。後見人や家庭裁判所に対する不満が溜まり、利用を後悔しているご家族も数多く見てきました。
また、成年後見人が私たちのような専門職(弁護士、司法書士、社会福祉士等)であった場合には、報酬が発生します。報酬額はご本人のお持ちの財産額によって異なりますが、月2万円~6万円となります。例えば成年後見制度を10年利用し、報酬額が月4万円だった場合、10年で480万円、月6万円なら720万円を成年後見人に支払うことになります。利用する期間が長ければもっと報酬として支払う金額が多くなり、せっかくの財産なのにご自身のためではなく報酬として支払わなければいけません。
認知症になる前の対策として、家族信託をご検討ください
上記のような悩みを抱えてご相談にいらっしゃる方は年々増えています。
成年後見制度は、身寄りがいない人にとっては大切な制度ですが、支援してくださる方がいるご家族にとっては、現在の成年後見制度は使いづらい制度であることは間違いありません。
実際に、上記のようなご相談があった際に成年後見制度の説明をすると、「成年後見制度は利用したくない」とおっしゃり、空き家の売却は諦め、お子さんたちで施設利用料等を負担し続けるという選択肢を取られる方が多くいらっしゃいます。
家族信託ですと、ご家族のお力でお父様お母様の大切な財産を守ることができますので、弁護士や司法書士に通帳を握られることもなく、ストレスなく認知症に対処することができます。
「もう少し早く対策しておけばよかった」と後悔される前に、元気な(判断能力がある)うちに、一度ご家族で家族信託についてご検討されてみてはいかがでしょうか。