昨今テレビや雑誌などで話題の家族信託ですが、実は『家族信託』は正式な法律用語ではありません。『家族信託』、『実家信託』などいろいろな呼び名がありますが、これらは、民事信託のうち「家族のための民事信託」を指しています。
『家族信託』という言葉は、家族のための民事信託を指す言葉の中でも比較的普及しているように感じます。(ちなみに、家族信託普及協会が商標登録しています。協会としては、誤用していなければ利用制限は設けないそうです。)
同様の制度であるにも関わらず、いろいろな呼び名があるのは紛らわしいですが、司法書士法人トラスト(本サイト)では、『家族信託』という言葉で扱っていきたいと思います。
家族信託の基本的な仕組み
家族信託を一言でいうと、「自分の財産を自分で管理できなくなってしまう事態に備えて、家族などに財産を管理・処分する権限を与えておく」ことです。
家族信託の主な当事者は、「委託者」「受託者」「受益者」です。
委託者 | 財産を預ける人 |
受託者 | 財産を預かり、管理する人 |
受益者 | 信託財産から経済的利益を受け取る人 |
信託とは、財産を持っている委託者が、遺言や信託契約によって、信頼できる個人や法人である受託者に対して、不動産・現金等の財産を託し、一定の目的に沿って、受託者が受益者のために管理・処分を行うことです。
委託者が受託者に託すことにした財産のことを「信託財産」といいます。また、信託では、受託者が管理・処分できるとされているものの、”一定の目的に沿っている場合は”という条件付きになります。この条件のことを、「信託目的」といいます。
受託者
受託者になれる人、資格
受託者になれる家族の範囲に、委託者からみて何親等まで、などといった制限はありません。また、個人のほか、法人(一般社団法人)も受託者とすることが出来ます。ただし、受託者は、財産を預かる者として、お金にルーズではなく、信託財産の内容や受益者の状況を総合的かつ的確に判断する能力を持つ人であることが必要です。ちなみに信託法第7条においては、「未成年は受託者になれない」と定められています。
受託者が出来ること
受託者は、信託財産の管理や処分に加えて、その他の信託の目的の達成のために必要な行為をすることが出来ます。信託財産の現状を維持するための保存行為や、収益不動産の運用等も受託者で行うことができます。また、信託契約等で定めることにより、信託財産を担保にして銀行からの借入れを行うこともできます。つまり、『信託の目的に反しなければ』、という条件付きではありますが、信託された財産については、かなりの権限が与えられています。
受託者の義務
受託者は幅広い権限を持っていますが、一方で受託者が好き勝手出来ないように以下のように様々な義務が課せられています。
- 自己執行義務(信託法第28条)
- 信託事務遂行義務(信託法第29条)
- 善管注意義務(信託法第29条)
- 忠実義務(信託法第30条)
- 公平義務(信託法第33条)
- 分別管理義務(信託法第34条)
- 帳簿等の作成・報告・保存義務(信託法第37条)
- 損失補填責任(信託法第40条)
自己執行義務
受託者は、委託者から託され、財産の管理・処分の役割を担っているという観点から、原則は受託者自身で信託事務を行うことを原則としています。しかし、信託法第28条には、以下のように規定されています。
- 信託契約書等に第三者に委託できる旨の定めがあるとき
- 上記の定めはないけれども、信託の目的に照らして相当と認められるとき
- 信託契約書において、信託事務を第三者に委託してはならないと規定されているが、信託の目的を達成するためにはやむを得ないと判断されるとき
このような場合には信託事務の一部を第三者に委託することができることとなっています。例えば、不動産を信託財産とした信託契約を締結した場合、まずは法務局へ信託登記を行う必要がありますが、信託登記を司法書士に依頼することもあると思います。他にも、信託不動産がアパート等収益不動産だった場合、不動産の管理を不動産管理会社に任せることもあると思います。ただ、受託者は任されている立場になりますので、第三者に委託した事務が適切に遂行されているかどうか監督する必要があります。
信託事務遂行義務(信託法第29条)
信託法第29条第1項には「受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない」とあります。
「信託の本旨に従い」というのは、信託の目的に従い、かつ受益者の状況・信条を考慮した信託事務を行うことを意味します。受託者が信託事務を行う際は、信託の本旨に従っているかを常に意識する必要があります。
善管注意義務(信託法第29条)
受託者は、信託事務を処理するにあたっては「善良な管理者の注意義務」をもって行う必要があります。「善良な管理者の注意義務」で要求されている程度は、管理者の地位や職業に照らして相応の思慮分別が必要とされています。
忠実義務(信託法第30条)
受託者は専ら受益者のために信託事務を行う必要があります。受託者が財産を動かせるから、と受益者の息子へ信託財産を贈与することは、受益者のためにはなりませんので、忠実義務違反となります。また、受益者と受託者との間で利益が相反することは信託法第31条にて制限されています。
公平義務(信託法第33条)
受益者が2人以上いる信託において、受託者は受益者全員のために公平に職務を行う必要があります。例えば、夫婦2人を受益者とした場合に、お父さんのためだけに動く、ということは出来ません。
分別管理義務(信託法第34条)
信託された財産と、受託者固有の財産をしっかりと分けて管理する必要があります。不動産については信託登記を行う義務は、信託法第34条にて明記されています。預貯金についても、受託者個人の財産が混在しないように、信託専用の口座で管理することが求められています。
また、いくつかの信託において受託者となっている場合には、それぞれの信託財産も分けて管理する必要があります。
帳簿等の作成・報告・保存義務(信託法第37条)
受託者は、信託財産にかかる帳簿を作成し、1年に1度受益者へ報告し、保存する必要があります。実務上は、信託財産における収支を分かるようにまとめておくことで大丈夫です。(収益不動産等があれば今まで不動産を管理されていたようにまとめていただければ十分です。)
また、信託事務を遂行した際に発生した書類(信託事務の処理に関する書類)を10年間は保存しておく義務があります。信託事務の処理に関する書類とは、例えば信託不動産を売却した際の売買契約書等、信託財産から支出・処分した際の契約書を指します。
これらの帳簿や信託事務処理に関する書類に関し、受益者には閲覧謄写請求権(信託法第39条)があるため、受益者から請求があった場合にはいつでも閲覧できる状態にしておくことが必要です。
損失補填責任(信託法第40条)
受託者が任務を怠ったことにより、信託財産に損失が生じた場合は、受益者の請求により、受託者は損失補填または原状回復をする必要があります。
受益者
受益者とは、信託における受益権(信託財産から経済的な利益を受け取る権利)を有する者のことで、信託契約書等で指定します。
受益者になれる人
受益者は、自らが受益者となる旨の意思表示をすることなく、当然に受益権を取得します。(信託契約等で特段の定めをしている場合を除きます。)
- 個人
- 法人(株式会社・一般社団法人・組合など)
- 権利能力なき社団(同窓会・互助会など)
- 胎児
- 将来生まれてくる子供(未存在)
ただし、注意が必要な状態があります。
受託者と同じ者を受益者に設定することは出来なくはないのですが、信託の終了事由(信託法第163条)の中に、『受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき』信託が終了すると規定されていますので、受託者=受益者とならないように注意する必要があります。
また、複数人を受益者として同時に受益権を取得させることもできますし、受益権を連続的に取得させる「受益者連続」信託も設計することができます。
家族信託のメリット
信託の機能がどのような場面でメリットをもたらすかについてお伝えします。
成年後見制度に代わる柔軟な財産管理
信託は本人の希望が叶えやすい制度といえます。
成年後見制度では、本人が認知症などで判断能力が低下してから後見人によるサポートがスタートします。
一方で家族信託は、信託契約を締結したときから受託者による財産管理が始まるため、本人の希望を反映しやすい制度といえます。
信託した財産は“信託の目的に沿って”受託者が独立して管理できます。
通常は、意思判断能力が喪失した場合は、家庭裁判所に選任された後見人が本人に代わって財産管理や法律行為を行うことになりますが、後見人は、後見人選任後も家庭裁判所の管理下におかれます。財産を処分する場合には家庭裁判所に「諸般の事情があるために処分したいのですが…」とお伺いを立て、家庭裁判所からの許可がないと処分することは出来ません。
一方で信託においては、委託者=受益者(自益信託)の場合、委託者が信託した財産は、委託者のその他一般の財産とは隔離されます。この機能のおかげで、本人が認知症等で判断能力・財産管理能力を喪失してしまったとしても、信託した財産については受託者が「信託の目的に従って」管理・処分をします。そのため後見人をつけなくても財産管理に支障はありません。
二次相続以降の承継者まで指定することができます。
亡くなったあとの財産の行き先を決める、というと「遺言書」が一般的ですが、遺言書では”遺言者が亡くなったときAに渡す”(一次相続)までしか指定することができません。
信託では「受益者連続」の機能があり、”当初受益者が亡くなったら次はA、Aが亡くなったらB、Bが亡くなったら…”と二次相続以降の承継先まで指定することができます。この機能を活用することで、会社経営者や不動産賃貸業を営む地主などが頭を抱える事業承継の悩みに対応できる可能性があります。
実際弊社でも、会社経営者の事業承継のための信託や、将来にわたり先祖代々の不動産で不動産賃貸を続けるのための信託などの組成に携わってきました。それら案件は今の経営者・所有者が、自分の引退後に実現してほしい未来への思いも一緒に信託しているといえます。
また、この「受益者連続」機能を活用し、①再婚し後妻と前妻の子が相続権を持つようなケースや、②子に障碍があり自分亡きあと子の財産管理を誰かに頼みたいといったケースにも応用することができます。
受益者に応じた財産給付
受託者は、信託契約の定めに従って受益者のために財産を管理・処分・給付をします。通常の相続や贈与では、相続人や受贈者は一括で財産を受け取ることが原則ですが、受け取る人が浪費家であったり財産管理が難しかったりといった理由一括で渡したくないニーズもあると思います。信託では財産の受渡方法(時期・回数など)を自由に設計することができます。この機能を活用し遺言書の中で信託を設定しておくと、遺言で財産を相続した相続人に財産管理能力がない場合であっても、後見人に代え受託者による財産の管理を生前に託しておくことができます。これの仕組みを『遺言信託』といいます。受託者は個人であることもありますし、信託銀行などが受託者となり、定時定額で口座へ入金するような仕組みの商品もあります。
信託のデメリット
便利な家族信託ですが、設計にあたり気を付けなければいけないことがあります。
税務面
節税対策にはなりません
生前対策だからなにか節税になる?と勘違いされることも多いのですが、税務面においてはメリットもデメリットもありません。むしろ信託した財産については生前贈与を行うことは出来ないため(前述の2-1(3)④忠実義務ご参照ください。)これから何か節税の対策をしたいという方は信託する財産を取捨選択する必要があります。
損益通算の問題
保有する不動産全てを信託する場合には問題にはなりませんが、一部の不動産のみを信託財産としたり、不動産を複数の信託契約に分けて管理をしたりする場合は、損益通算禁止の問題があります。不動産賃貸業を営んでおり、複数の不動産を異なる契約で分けて管理をしてしまうと、大規模修繕などで経費が掛かった場合に利益と通算できない、という問題が出てきますのでお気をつけください。
手間と初期費用がかかります
信託契約書はインターネットにも雛形がありますが、使用するべきではありません。なぜなら、切り貼りされたものである可能性が高いですし、そもそもご家族ごとに事情が異なるため、雛形の契約書で悩みが解決できるはずがないのです。専門家が信託契約を組成する場合は、将来考えられるリスクを予想し組成しますので、いろいろなシーンに対処できるようにしています。せっかく作成するのであれば、専門家への依頼費用は、必要経費として想定しておくことがよいと思います。
また、弊所の場合は、作成した信託契約書を、弊所が所属している家族信託普及協会にリーガルチェックを行い、第三者目線でのチェックもしています。これらの理由から信託の組成にはある程度の時間がかかることも想定しておく必要があります。
新潟では、家族信託に精通した機関や専門家がまだまだ少ない
家族信託は新しい仕組みなので、普及が進むのはこれからだと思います。
家族信託契約書を作成するときに、公正証書で作成をすることが多いのですが、新潟のとある公証役場に於いては、公証人の先生が家族信託に対応してないとの理由で、その公証役場で作成できないといわれるケースもあります。
また、最近では第四北越銀行にて本来的な信託口座の作成が始まりましたが、都心部に比較すると信託口座に対応した金融機関はまだまだ少ないです。
家族信託の組成ができる専門家も、まだあまり多くありません。その中で、弊所は家族信託専門士を3人有し、新潟でいち早く取り組み始め、今年で早5年となりました。その間様々なタイプの信託契約の組成を行い、ノウハウもブラッシュアップされてきております。
勉強は尽きることはありませんが、法改正等に対応できるよう体制を整えておりますので、安心してご相談いただければと思います。