日本の高齢化が進んでおり、また、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症を発症するとも言われています。
そんな中、社長(会社の取締役)が認知症になってしまったらどうなるのでしょうか。お元気なうちから、認知症リスクを考え対策されている方は少数派です。
認知症にはならない!と自信がある方もいらっしゃるかもしれませんが、認知症だけではなく急に倒れたり、交通事故に遭ってしまう可能性は誰にでもあります。
今回は、家族信託と事業承継について、司法書士の関にインタビューしました。
認知症になり判断能力が低下すると日常生活に支障をきたすようですが、会社の社長がそのような状態になってしまった場合はどんな問題が発生しますか?
関)中小企業では、代表取締役が大株主(100%株主や議決権の過半数を持っている株主)であり経営権を握っている企業が多いかと思います。そんな中、経営者が事故や病気、認知症発症などにより判断能力が認められなくなってしまった場合、株主総会を適法に開催して有効な決議をすることができなくなってしまいます。株主総会での決議ができないので、代表取締役の交代(解任)もできませんし、代表印も押すことができないので金融機関からの借入れなどもできないので、会社の経営が滞ってしまいます。
社長が倒れてしまったらできないことだらけですね。遺言があれば防ぐことができますか?
関)亡くなられた後に株の分散を防ぐために、後継者に自社株を渡す遺言を作成される方もいらっしゃいます。遺言は、後継者に自社株を確実に渡すためには有効な手段です。
ですが、遺言書の効力が発揮されるのは遺言者が亡くなった後です。お亡くなりになるまでの間に現経営者が認知症などで意思判断能力を失ってしまった場合には、やはり、株主総会の決議ができず、会社の経営が滞ってしまいます。
最悪の状態(急死)に備えた対策を行っている方は多くいらっしゃいますが、最悪の状態=急死とは限りません。
遺言だけでは認知症対策にならないのですね。他にはどんな対策がありますか?
関)現経営者から後継者へ自社株を移転させる方法の一つとして、生前贈与がありますが、株価によっては贈与税の負担が発生します。
また、生前贈与のリスクとしては、贈与した後に後継者として不適格であることに気が付いた際に、株式の返却を要求したとしても、応じてもらえない可能性があります。
贈与ではなく、後継者が現経営者から自社株を買い取るという方法もありますが、後継者側に大きな資金が必要となりますし、贈与と同様に移転後に株式を返してもらえないリスクもあります。
このように生前贈与や遺言での自社株の移転は取り組みやすい手段ではありますが、リスクやデメリットがあります。
こうしたデメリットを回避し、円滑な事業承継を実現させるために、「家族信託」という制度があります。
家族信託と事業承継
関)家族信託は、信頼できる方に財産を託し、代わりに管理してもらう制度です。
家族信託は「認知症になってしまった時に備えて家族が財産管理できるようにしておく制度」というイメージが強いと思いますが、事業承継にも活用することができます。
信託の内容としては、お元気なうちに株式を持つ現経営者と後継者の間で信託契約を結び、自社株式を後継者へ信託しておきます。
一例ですが、具体的には以下のような信託設計になります。
委託者:現経営者(株主・社長など)
受託者:後継者
受益者:現経営者
信託財産:自社株式全て
自社株式を信託財産として、後継者へ信託します。信託された株式の名義は、現経営者から後継者へと変更されます。家族信託は、信託の目的に沿って受託者(後継者)が信託財産の管理・運用を行うので、議決権は受託者(後継者)が行使することとなります。つまり、万が一、委託者(現経営者)が寝たきりの状態となったとしても、会社の意思決定は受託者が行いますので、会社の経営が滞ることはありません。
それならば、経営者に何かあっても安心ですね。家族信託で事業承継対策をするメリットはありますか?
メリット① 贈与税がかからない
関)株式の形式的な所有権は後継者へ移転しますが、会社の利益を得るのは受益者(現経営者)であり自益信託になります。生前贈与ではありませんので、贈与税はかかりません。
メリット② 株式を後継者に確実に渡すことができる
関)委託者(現経営者)の死亡によって信託が終了した場合、信託財産である自社株の帰属権利者(信託が終了した時に信託財産を引き継ぐ人)を後継者に設定しておくことで、確実に後継者へ株式を渡すことができます。
メリット③ 現経営者が元気な間は、現経営者が経営権を握ることもできる
関)元気な間は、経営権を自分のもとに残しておきたいというニーズにも、家族信託なら対応することができます。
株式を信託することにより、経営判断が凍結しない代わりに、経営権が受託者に移ることになります。まだ引退をお考えでないのであれば、株式信託の仕組みの中で「指図権」という権限を設けることで、現経営者が元気でいる限りは、実質的な経営権は現経営者が保持し続けることが可能となります。
「指図権」とは、信託財産の管理や処分・運用の方法などについて、受託者に指図できる権限のことです。そして、その権限を持つ者を「指図権者」といいます。株式信託の場合ですと、株主総会において受託者が投じる各議案の賛成・反対の票について指図権者である現経営者が指図をすることができます。
この権限を設けた場合でも、もし、現経営者が病気や事故、認知症などで意思判断能力を失ってしまった場合は、受託者が議決権の行使し、経営判断をすることになります。
メリット④ 後継者の適正を判断できる
関)遺言や相続による株式の移転ですと、後継者に株が渡り経営権を握るのは、現経営者が亡くなった後です。そうなると、後継者が本当に経営者の適正があるのか見極めることができません。
メリット③のように、現経営者がギリギリまで経営権を握ってもよいですし、あえて一度後継者に経営を任せてみて、適正を判断することもできます。
メリット⑤ 後継者が不適格であった場合は家族信託契約を解除できる
関)贈与などによって生前に株式を渡した場合は、後に後継者として不適格であることに気が付いた際に株式の返却を要求したとしても、応じてもらえないリスクがあることについては冒頭でお伝えしましたね。
ですが、家族信託の場合、後継者が不適格であると判断した場合には、信託契約を解除すれば解決することができます。贈与などで後継者に株式を帰属させてしまうと、これを取り戻すことは容易ではありませんが、家族信託は契約を解除してしまえば元に戻りますので、株式を取り戻せないリスクはありません。
このように、家族信託を利用した場合は、認知症等による経営判断凍結のリスク回避ができるという点や信託契約に基づいて確実に後継者へ株式を渡すことができるという点においてメリットが大きい制度です。
家族信託を利用することで、それぞれの希望に沿った柔軟な事業承継を行うことが可能になります。ただ、家族信託は、お客様になにかあってからでは行えないものになります。ご家族や会社でしっかりお話合いいただき、その後必要でしたらお声がけいただければと思います。弊所が、事業承継に関するお悩みを解決する一助になれれば幸いです。